あちきが阪神タイガースファンであったころその4(上戸 彩に捧げます)

第1回 新井亮司とミスタールーキー桜井広大
ルーキー桜井広大出現!

 新井が突然、声をかけてきた。2月2日室戸キャンプ2日目の昼の休憩時間に少し顔を合わしたときだ。
「桜井のことばかり、褒めていたでしょう」「いや、そんなことはないよ。たまたま、知り合いのファンが話かけてきて、ウンウン!うなずいただけですよ」
新井はさらに突っ込んできた。
「ボクの入団のときと、桜井とどっちが上ですか」
「そりゃ」と少し間を置いて、
「桜井ちゃうかな!」といわざるを得なかった。
 キャンプ2日目とはいえ、桜井は平塚ファーム打撃コーチが投げるゆるいトスにも体をつっこまずに、きれいにネットにティーを打ちこんでいた。それを見た目利きのファンのMさんが「うまいこと、ゆるい球でもティーしとるやろ。新人としてはうまいよ。ワシら感覚的なもんしかよういわんけどな」と言っていたのが、ネット越しの新井の耳に入ったらしい。
 新井は2002年1月の鳴尾浜での自主トレから、新人の入団をチェックしていた。当然である。2年目の昨年、無邪気に「ボクは濱中さんのようにファームで四番を打って、チームの勝利に貢献したい」と意気込で臨んだシーズンだった。しかし新人・梶原康司(九州東海大)の入団によって、その目論みが見事にはずれた。そして、奈落の底に落とされたような落ち込みを経験していた。
「だけど…」
 私はためらいながら「新井君の教育リーグでの北神戸での、あのホームラン見てしまったからな」と言った。
「あれ、見てたんですか」と新井の表情が輝く。
「ウン、見た。オリックス開幕投手候補の小林から打った左中間のホームラン、新人の高校生とは思えない当りやった」
 一昨年の3月25日サーパス神戸戦、北神戸のあじさいスタジアム、球場開きの試合で左中間にライナーで放りこんだ当りで、タイガースの新井は長打力がある新人高校生のイメージが定着しかかった。
 小林が開幕への調整登板でストライクを取りにきた2球目ストレートを放りこんだ素質はタイガース待望の右の大砲候補にふさわしかった。
 冒頭の桜井(PL学園・4巡目)は2年で夏の甲子園に出場している。3年生時は不祥事で対外試合禁止になり、チャンスをのがしていたが「あのPLでもまれてるからな」と言ってしまった。
 新井は新人が合同自主トレで入寮したとき、鳴尾浜の室内練習場で桜井、藤原の存在を気にしていた。
「桜井は背は大きくないでしょう。藤原さん(立命大・6巡目)は長距離砲といわれてきたけど、去年の梶原さんもそうだったでしょう」と私にさぐりを入れていた。そこには、飛ばすことにかけては、負けないという自負が込められていた。

室戸キャンプが始まる

 ファームが春季キャンプをする室戸の広域運動公園野球場は絶景の室戸岬展望台の少し西の山間部を切り開いて造られた。「2002年よさこい国体」会場のひとつになる球場だけに、両翼100メートル、センター122メートルで、ファウルグラウンドもたっぷり確保された立派な球場である。昨年は未整備で芝生のつきも悪かったが、今年はサブグランドの土も整備され、投内連係などの練習にも支障はない。また、ブルペンも一塁側に新設された。
 2002年2月1日、ものすごい星野監督人気でマスコミは安芸に集結していた。しかし、今年も室戸はマスコミは少なく、閑散としファンもちらほらの中、キャンプ初日を迎えた。
 アップの指示を出す中山トレーニングコーチの声と選手の掛け声が響くだけ。特別大きな声というのではない。静かなスタートだった。昨年は初日、前日の雨で体育館でアップ。室内でのフリー打撃で、岡田ファーム監督がいきなり、根本相手に投げて、チームを引き締めていた。
 キャンプ初日を終わって報道陣に一、二軍の人選を問われると「これは、振り分けや。一軍より力ある選手もおる」と今岡や坪井や八木などを念頭に置いてか、岡田ファーム監督が少し語気を強めて語ったところに、昨年のチーム事情の複雑さを垣間見たものだ。
 しかし、今年は何度も島野ヘッドコーチはじめコーチ会議で打ち合わせしての一、二軍の人選だった。しかも紅白戦では、常にファーム選手にもチャンスを与えるシステムが採用されるということで、チームの一体感がでていた。
 プロ入り初めてのアップ中に新人・喜田(福岡大・7巡目)が足をひきづって、不名誉なリタイアをした。
 しかし、新人の桜井は元気にアップを終え、ベースランニングやペッパーをこなした後、フリー打撃を迎えた。
 今年1月11日、私は桜井を初めて近くで見た。背は180ぐらいだが、肩幅がひろく鋭い目つきに「さすがPLでもまれたワルだけある、迫力ある」と、思ったものだ。また、目の前で見たティー打撃がとても高校生出身とは思えないフォローの大きなスイングだったので、印象に残った。その横では早稲田出身の東(9巡目)がティーを打っていた。

室戸キャンプに藤田平さんが

 2月17日、室戸も安芸と同じようにアップのころから雨が降り、メニューの前倒しが行われ、午後は室内打撃場と鳥籠ケージでの特守メニューが行われていた。
 全体練習が終わり桜井が通路のロッカー代わりのベンチに座りため息をつき、右手のテーピングを気にしていた。横には新井もいた。さらに、自主練習を促すように平塚ファーム打撃コーチが桜井に言う。
「桜井! オレはお前に何と言った」
桜井はちょっと考えこむ。
平塚ファーム打撃コーチは畳みかけるように、「タイガースの四番打とうと思ったら、人の倍打ってちょうどいい。人が100練習したら200練習しろ!」
「桜井! 夜も来いよ!」有無を言わさぬ迫力で新井にも聞こえよがしに言い放った。しかし、桜井はくぐもったあいさつだけで、アンダーシャツの着替えを始めた。横の新井も着替え始めた。新井はいつのまにか、コーチ連中から「ブッチャー」と呼ばれている。
「K1行こうかな」と格闘技選手のようなマッチョな身体を見せ冗談をいっていた。私は格闘技には少しうるさいので(見るだけやけど)、「その筋肉は格闘技の筋肉とは違う。痛みや関節技には、ボディービルダー型の筋肉は向かんと思うけど…」というと、新井は「マウント取られ殴られたら痛いやろな」とあっさり「じゃ辞めます」と言った。
 その前に少しだけ桜井に取材を試みた。「藤田平さんに、どんなアドバイス受けたんですか」
「下半身の使い方、体重移動などいろいろです」とハッと息をのみ、打撃練習で詰まらされた右手を隠すようにバットスイングの構えをして見せた。
 実は17日、私は鳥籠ケージでの内野特守の練習を見ていて気づかなかったのだが、あの2000本安打の藤田平元監督が立ち寄っていた。室戸の室内打撃場は一塁側のプレハブで2打席あり、鳴尾浜の室内練習場と広さがほぼ同じだ。そこで、ティーをする桜井に藤田平さんが岡田ファーム監督、長嶋、平塚両打撃コーチを交えて、桜井に個人指導していたのだ。藤田平さんは田淵、星野、鈴木啓志など団塊世代の英雄であり、私ら同世代人ファンにとっては雲上人だ。だが、監督としては、方法論で大きなつまずきをしたことは否めない。その藤田平さんが、突然、記者も連れずに、岡田ファーム監督激励と桜井視察。助言。私が鳥籠ケージの練習が終わり室内練習場の戸を開けたときの緊張した空気は、藤田平さんの助言が終わるときだったが、見てはいけないものを見た気がして、すぐその場から離れた。
 また、平塚打撃コーチが現れ、「新井はどうする!」と言うと新井は「スクワットやります」と言う。
「アホ! そんなんやるんやったら、バット振れ!」と言ったが、新井は聞き流した。ケージでのスナップスローの特守でヒザが笑い、悪戦苦闘だったのが、頭にあったのかもしれない。だが、私は心の中でつぶやいた。(「ウエートの重いもの背負わないでやった方がいいんじゃないかな」)。
 桜井も「肩まわりちょっとほぐしたいんで、すこしやります」とバーベルをあげる仕草を平塚打撃コーチに示した。
 新井と桜井はキャンプ初日からフリー打撃の組が一緒だった。
 マシーン2台が設置された室戸の広い球場で二人のフリー打撃が始まった。桜井は最初こそマシーンのスピードにタイミング合わなかったようだが、慣れてくると大きな当りをするようになった。横で打つ新井はそれを意識して、力んで詰まらせるシーンもしばしだった。125スイングで25本の柵越え。新井を少し上回った。その後の居残り特打では、さすがにバテたようで、詰まった当りが多くなったが、報道陣に囲まれた岡田ファーム監督は「あれはもって生まれたもんやな。遠くへ飛ばすのは、新井と打ち方は違うけどな。桜井はうまく運ぶ。金属バットやったのに、すでに木(のバット)にも対応しとる」と賛辞。「ティーバッティングからちょっと違う。楽しみやな!」と語り高校生出身では、新庄剛志ジャイアンツ)入団時より上の評価を下した。
 翌日、一面というわけにはいかないが、桜井の長打力は囲み記事で紹介された。背筋力272キロがダテじゃないことを証明することになった。もっとも新井の背筋力は300キロある。石原コンディショニング担当からは、「もう、大きな筋肉はいらん。ボディービルダーになるなよ」といわれており、新井に必要な筋肉は関節周りのインナーマッスルといわれる小さな筋肉。また初動負荷理論の小山裕史(ワールドウイング主宰)さんがいう「どんなに強い背筋や胸筋があっても、肩、腕が柔らかく動かなければしなやかなスイングはできないのです」という、ことに必要な筋肉。新井がこのことをどの程度理解しているかはまだ、わからない。

梶原康司上々のキャンプイン

 他方、梶原は初日から絶好調に見えた。スイングの安定感が増した印象があり、さらにジャンボ軍団で平下と自主トレして、十分に下半身もつくってきた印象だった。1クール目の終わりに岡田ファーム監督に梶原の印象を尋ねた。
 「打撃は一番いいんじゃないか。しっかり身体を作ってきている。足は速くはならないやろうけど、身体のキレなど状態はいい。とにかく、(打撃、守備、走塁…)全体にさらなるレベルアップすれば、(一軍の)チャンスもあるやろ」との評価。「もちろん、実戦で結果でるかどうかやけどな」
 風岡守備走塁コーチも梶原には「秋からずっとやってきてオフに自分で(目的)意識持って取り組んできた成果、練習はウソつかない、やってきたものがでてきている」と守備面でも充実ぶりを評した。しかし本人は「守りでキレでてますか? いま、パンパンに張って、これ書かないでください。本当はかなり張りきていて、疲れ気味です」と言ってから、その発言を取り消した。
 2月11日の紅白戦で一、二軍、ボーダーの選手として、真っ先に一軍テストをされた。2月16日の室戸でのシート打撃でも3打数2安打と実戦に強いところを発揮していた。
「選手は当然、そういう向上心ないといけないと思います。もちろん、昨年にくらべてパワーもつけてますよ。梶だけじゃなく、選手はみんな向上心ないとね。1打席目左の弓長からしぶとくタイムリーね。梶は実戦向きな選手ですね、後は、いかにミスショットを少なくして、確率を挙げるかのレベルに来ている選手」と平塚打撃コーチは梶原の成長を認めてはいた。しかし梶原は「まだまだ全然です」と自分に厳しく語っていた。ファームの投手と一軍の投手とは力が違う。ちなみに、この日のシート打撃では一軍に昇格した平下はじめ松田も目立ち、狩野は3打数3安打、中谷が二塁打など総じて、いい打撃が目立った。また、関本は初球打ちで2安打を打ち「積極的な打撃が関の持ち味、彼もファームでは高い技術もってますからね。本人の力でしょ」と平塚打撃コーチもこと、打撃向上に関しては心配していない感じだった。

星野監督室戸キャンプ視察!

 2月15日10時過ぎ、室戸キャンプに報道陣が続々と詰め掛けた。星野監督の室戸キャンプ視察が行われた日だ。カメラマンに番記者に特別報道の全国区のテレビクルーも押し寄せて、室戸キャンプ始まって以来の賑わいを見せた。
 フリー打撃では、桜井と高波が最初の組となり、星野監督、岡田ファーム監督がケージの後ろで見守る中、打撃投手として、星野伸が投げた。
 桜井は視線を一心に浴びる中、星野伸の球を打ちつづけた。甘いストレートは打ちごろなのか、バックスクリーンフェンスに当る打撃の後、左中間を含むレフトオーバーの柵越え2本を打った。しかし、バットを4本折るなどカーブを見せられると詰まって上体で打ちにいく欠点を同時にさらけだした。
 星野伸は「ルーキーとしては力ありますね。ちょっと普通の高校生じゃないですね。力ありますね」と桜井のパワーには174勝投手も驚きを隠せなかったようだ。
 だが、目の肥えたファンの目は厳しかった。
「上体と下半身がバラバラとちゃいますか。あまりようないね」と自ら私設応援団を組織して会長をしているKTさんは、一枝さん(上宮高)の後輩で高校野球も経験しているだけに、技術的なところをよく見ている。横にいたMさんの見方も一致した。
「星野伸は褒めてましたけど…」と言うと
「そりゃ、新人の高校生を褒めにゃ、余裕でしょ」とニヤと言い放った。
星野監督は「力いんでいた? それでいいじゃない。上(一軍)をおびやかす可能性を持ってる子やからな。一気に飛び出す可能性もあるが今の力じゃまだまだ勝てんで。勝ったら寂しいで。でも近い将来めちゃめちゃ楽しみやね」と将来の四番候補を確かめてリップサービスをした。「注目されるのはありがたい。期待はずれにならないように頑張りたい」と桜井。
 その後、さらに300スイングの特打が行われたが桜井の右手には異変が起きていた。
 特打を終えた桜井はロッカー代わりの通路のベンチに座り、悔しそうにつぶやいた。「2、3日前から詰まってばかり!」と右手を痛そうにに眺めていた。横には新井、前には藤原がおり、長嶋打撃コーチが桜井の手を見ながら、「新井でも、右手にそんなに豆つくってへんぞ!」
「なあ、新井!」
と新井の右手を見せるようにうながした。新井は「エエッ!」とちょっと、(「おれは桜井には負けてないぜ」)と胸を張ったように見えた。前に座る藤原は自分のスイングができないのか、考えこむように手の平のテーピングを触っていた。
 桜井の右手、親指付け根の腫れはその時、痛みの限界にきていた。翌日、猿木トレーナーから桜井が右手親指付け根を痛めて、打撃練習中止の広報が発表された。
 前日、右手を見ながら悔しそうに下目使いに、私を見た桜井の目つきは印象的だった。桜井が打撃練習を再開したのは、20日のことである。この日は久万オーナーが室戸キャンプを視察。50スイングで柵越え6本だったが、バックスクリーンに2本放りこんだ。桜井は星野監督の将来の四番打者の期待の発言にも「そんなことにビビってたらだめでしょう」と強気を通していた。

四番・桜井! 英才教育始まる

「午後に鳴尾浜覗いて、もう、特打の時間やったけど。桜井スゴイわ。もう、桁違いの技術やね。バットさばき。キャンプ中盤は疲れて、右手痛めてバラバラやったけど、素晴らしいスイングで、滞空時間長い打球で、鳴尾浜狭いから柵越えバコンバコン!」
 3月27日、室戸キャンプを終えて帰ってきた桜井はきれいにボールを上から叩き、キャンプ中盤の打撃とは見違えるようになっていた。私は興奮して、気持ちの高揚を抑えきれない気分を冒頭のように知人にメールした。
 室戸でのファームキャンプ打ち上げに際して、岡田ファーム監督は桜井の〈超英才教育〉を決め「ずっと試合に出してどれくらい伸びるか楽しみや」と教育リーグの雁の巣でのホークス戦から四番に抜擢して育成することを名言していた。
「期待? 自分はプレーで返すことしかない。一発でればいいですね」と桜井は自信満々だった。移動日の練習(3月1日)でも、上から叩くスイングは見事でセンターバックスクリーンに当てる放物線を描いていた。キャンプ中旬、星野監督視察後の特打では、岡田ファーム監督が何度もマシーンを止めて、ベース付近にバットで図を書きながら下半身の使い方などを教えていた光景が思い出される。プロ入り初のキャンプを無事終えて、疲れが少し取れたのか、桜井のスイングは芸術的にさえ見えた。昨年、自由契約になった高山が調子のいい時、スピンの利いたいい打球を放っていたが、どちらかというと、アッパー気味のスイングだった。しかし、桜井の場合は上から軽く叩いてバットの振りぬきを鋭くして、大きくフォロー取るだけで、楽々と柵越えのアーチを描いていたのだ。
 他方、新庄がメジャーに行くとき、「未来の四番候補」といわれた新井は自ら方向転換を余儀なくされていた。自分は遠くへ飛ばすことにかけては、一番になりたいという気持ちで練習に取り組んできたが、「ホームランバッターといっても、ホームラン率は1割ぐらいじゃないですか。ボクは今年は実戦での結果にこだわります」と最初からバットのグリップを少し余して持ち、シート打撃や(ファームの)紅白戦でも実践していた。しかし、桜井への対抗心は強く、「室戸キャンプから帰ってきて、ボクびっくりしたんです。ホラ見てください。あ・ら・い・ネットがスコアボードに張ってあるでしょう。コレ、いいネタになりませんか」と二人しかいない報道陣に新井ネットの存在をアピールしていた。
 よく見ると、スコアボードには電磁式のボード保護のネットが緩衝材のように張ってある。あれは、間違いなく秋季練習で新井がスコアボードの二回裏のところまで放った打球がスコアボードの破壊につながる恐れがあったために、室戸キャンプ中に設置されたネットだった。「ボク小笠原さん(球場整備担当)に聞いたです。マジッスか?」
 新井は打撃の確実性を求めて、下半身からの始動のタイミングをこのキャンプの重点課題として、長嶋打撃コーチと二人三脚で取り組んできた。しかし、新人の入団で精神的な危機感を持ち、精神面では成長してはいるが、現実はその日の調子でムラがありすぎ技術的には牛歩の進歩しか見れない感じだった。
 そんな折、大学出の新人の藤原と喜田もプロの雰囲気に慣れ、持ち前の打撃力を発揮しだしていた。
 岡田ファーム監督の桜井英才教育プランは五番に関本を置く打順構想だった。「(桜井が)打てなくても、目立たんやろ。最初は結果が出ないだろうが、それは試練や。慣れていって打破していく」

四番・レフト桜井! 雁の巣デビュー

 雁の巣海の中道雁の巣レクレーションセンターにある。さらに中道をクルマで走り西戸崎まで行くと、ホークスの室内練習場がある。雁の巣球場は雲が低くたれこめ、前日までの陽気とは裏腹に風が冷たかった。隣接して、アビスパ福岡のクラブ施設とサッカー球技場が三面ある。雁の巣球場の周りには少年野球場、ソフトボール球場が何面もある。だだっ広い敷地は、牧歌的で土の匂いが草野球の原点を思い起こさせてくれる。
 ホークスの地元だが、一軍は福岡ドームで試合をするためか、土曜日だというのに、ホークスファンは熱心な数人だけが、選手の入場を待ちサインを求めていた。
 試合前の練習もコーチの絶対人数が少ない所為もあるのか、静かに行われていた。
 私はタイガースナインの到着を待ち、桜井がどのような表情で入ってくるのかに興味があった。10時30分ごろバスが着きタイガースナインが球場入りした。桜井は特別緊張した雰囲気ではなかった。自分がタイガースでも異例の教育リーグとはいえ初戦で四番に座ることなど意に介さないように、アップ(準備運動)の列に消えていった。
 12時過ぎても、土曜日だというのに、観客は増えなかった。鳴尾浜より広い個別椅子座席には空白が目立つ。地元のタイガースファンが集まってきて、やっと桜井・四番の話題が出るようになった。所詮ファーム、星野監督人気の一軍はグリーンスタジアム神戸でブルーウエーブとの試合。番記者もN紙しか来ていない。
 雁の巣球場は風が強く舞っており、どの方向でも逆風気味だった。高く上がった打球はスグに追し戻される。両翼98メートルでバックスクリーン122メートルの球場は広い。ファウルグラウンドもたっぷりある。果たして桜井は歴史的快挙?の一発を放つことができるのかどうか、両チームのシート打撃も終わり、固唾を飲んでアナウンスを待った。「お待たせしました。本日の先発メンバーをお知らせします。先攻阪神タイガース、一番・センター高波、二番・ショート斉藤、三番指名打者・藤原、四番レフト桜井!」ここで、観衆からどよめきが少し起こった。地元のタイガースファンで福岡剛虎会(新庄剛志後援会)のスタジアムジャンパーを着たファンの姿も見える。アナウンスはつづく。「五番・セカンド関本、六番・ライト曽我部、七番・サード新井、8番・キャッチャー中谷、九番・ファースト梶原康司、ピッチャー山岡!」
 ダイエーの先発は左腕の土井。社会人(新日鉄八幡)から入団して7年目、30歳の中堅投手で一軍でも通算5勝4敗の記録を持つ。
 一回表タイガースは高波の三振、斉藤ファーストファウルフライ。藤原サードゴロで簡単に三者凡退。タイガース先発の山岡は二死から森山に中前打を打たれたものの、四番・出口を抑えまずは両チーム無難に二回を迎えた。
 二回表「四番・レフト桜井!」のアナウンスに神経が研ぎ澄まされた。
 土井の1球目はボール。2球目、桜井は思いきり振っていったがファウル。3球目は空振り。あきらかに見下ろされていた。2エンド2から5球目のシュート回転の球をファウル。6球目がボールでカウントが2エンド3になった。しかも土井はまっすぐ中心で投げてきている。(もし、当れば…)の期待もむなしく、土井のまっすぐに桜井のバットは見事に空を切った。これが、桜井・四番の苦難のロードになろうとは、桜井もこの時は考えていなかった。
(以下次号)