辺野古をお埋めるな! 高江のヘリパット造るな!


沖縄知事選に喜納昌吉氏が出馬するらしい。しかし、わたしは喜納昌吉氏の沖縄民主党県連での政治的姿勢を考えると、遅れての出馬は利敵行為になるだけだと感じていた。「辺野古移転工事撤回公約」は確かに大前提であるかも知れないが、沖縄の普天間基地移設問題は日米地位協定もからみ一筋縄ではいかない。しかも沖縄の本土化を加速するだけ、つまり沖縄経済界の根本的な解決につながらない、自公政権の「金」つまり交付金という人参にくいつくだけだは、古くは北海道の苫東の工業地帯開発構想の破綻にみられるように、本土民間業者の利益のための公共事業だけが促進され、本来の目的だった沖縄経済界が基地に依存しない体質脱皮になるべく、沖縄経済界自立志向がどこかに追いやられる。

仲井真知事のこのたびの政府並びに米国への屈服による辺野古移設を前提とした立候補は既定事実をつくり沖縄県民を対立させ、分断統治したい為政者にはもっとも汲みやすい知事である。


反戦な家づくり様ブログ

反戦な家づくり 喜納昌吉氏の立候補はおかしい (追記あり)喜納昌吉氏の立候補はおかしい (追記あり

反戦な家づくり 沖縄県知事選 「承認撤回」を公約するのは是か非か

そういう疑問がある中、「反戦な家づくり様」のブログの意見がでていた。前後して、植草一秀氏が「辺野古撤回公約をせよ!」と翁長雄志氏に迫り、その公約の言質が取れないことで、喜納昌吉氏の担ぎ出しに結果として、動き出した。わたしは植草一秀氏のこの行動に疑問を持っている。確かに建前は、撤回が理想だ。しかし、その理想をお実現しうる対抗馬として、勝てない候補の可能性が高い、しかも後出しジャンケンで結果として仲井真知事陣営を援護する形になる恐れのある、喜納昌吉氏がいまさら出馬しても、民主県連そのものが一枚岩ではない。

それならば、ベターを選ぶしかない。少なくとも沖縄経済界のことは沖縄で自立的に決める、という姿勢を打ち出した翁長雄志氏の方が「まっし」だ。もともと民主党政権がたんじょうしたとき、国民新党の裏切り者の下地氏などは論外だろう。しかし、沖縄県民でない外野のヤマトンチュが何を口出しする、ということになり兼ねない。



わたし自身は『標的の村』の高江ヘリパットのオスプレイ配備基地建設のドキュメント映画を見て涙だでた。まさに住民の標的にし、今度もまたオスプレイ配備の規制化が進み、日本列島の米軍基地を飛び出した。わたしが一昨年まで住んでいた相模原のに隣接する厚木にも飛来し規制事実を着々と作っている。

小笠原諸島のように「不肖宮嶋」カメラマンがオスプレイ歓迎、を、文春グラビアで訴えたところで、いざとなれば、米軍は日本を守ってくれる保証はない。東日本大震災の米軍の友達作戦は立派ではあるが、その後の請求書の額は計算に入ってなかった。オスプレイは軍備のための兵器だ。

仮初めの姿に小笠原諸島の住民が「交通手段として御意!」というのは勝手だが、オスプレイはあくまでも兵器である。災害救助のためのヘリコプターでも飛行機でもない。兵器だ。

そう考えると、「まっし」な方の翁長雄志氏知事誕生の方が、米軍基地からの依存からの脱却の沖縄経済自立のの第一歩が築けるのではないか、というのが外野のヤマトンチュのわたしの思いだ。沖縄はわずか100数十年も遡れば、独立王国だったことは、周知の事実だ。確かに明の柵封体制に組み込まれたり、島津の侵略に苦労したが、独自外交により、沖縄は独立していた。それをヤマトンチュが天皇の名のもとに王様を幽閉し、廃藩置県して琉球王国沖縄県に組み込んだのだから、北海道のアイヌへの搾取やアイヌモシリ侵略より露骨にわかりやすい。

わたしが翁長雄志の方がベターと思うのはもうひとつの理由がある。

これはアホみたいな話だが、あるとき桂文枝師匠の司会する『新婚さんいらっしゃい』という番組を見ていたら、那覇市長の娘さん夫婦がでていた。正直びっくりした。このような陽気な娘さんがおられるのなら、保守思想結構、ヤマトンチュに媚びるも結構、ただ、沖縄の経済は沖縄の経済界主導でやる、という気概に期待したい。そうすれば、最初の第一歩が切れるのではないか? 

選挙は勝たないと何もできない。また、大阪の橋下知事及び辞任の市長転出に見る通り、安倍政権が突然、集団的自衛権行使のための法案審議を棚上げにして、「地方創生」や「女性登用!」など打ち出しても、沖縄県という地方が本土の、民間企業の御用聞きのように地方の公勢力が、かつての田中角栄時代の新全総のごとく、私企業のための公共事業では頭打ちになるのは歴史が証明している。

具体的にいえば、北海道の二風谷の自然を破壊し巨大工業地帯をつくろうとした「苫小牧東部工業地帯開発」つまり「苫東」の例の挫折が証明している。しかし、自公政権は自然破壊するしか手段のない輸送手段の「リニアモーター」の開発を後押しすべき準備完了。どこが国土強靭化だ。地震・火山の宝庫にトンネル掘って、新幹線より少し早く東京⇒大阪間が早くなったところで、どれほどの価値があるのか。火山爆発・地震のリスクは今回の御嶽山の噴火が警鐘を鳴らしていると感じるひとも多いのではないだろうか。

沖縄への思い安室ちゃん好きv( ̄Д ̄)v イエイ!!で2006年namie amuroLIVESTYLE の15周年アニバサリーで普天間基地に隣接の宜野湾市コンベンションセンターでの公演があまりにも素晴らしく、わたしはサミットに全面的に与するものではないが、このブログで記録しておきたくなった次第。

12月8日追記 その後衆議院選挙hが始まり喜納昌吉氏がどのような行動をとったか、下地幹郎がどのようないい加減なことで出馬しているか、また10日まで知事の仲井真がどのような卑劣な県民批判をさかなでしたか、沖縄県民ならずとも米国の狗としての仲井真や下地の行動を覚えておきたい。

そして喜納昌吉氏は「何やってんだ!」ということだ。口先番長のマネすんなよ!!「ハイサイおじさん」も泣いてるやろ!
NEVER END!

いつでも雨が降れば花が咲く(その1):TORAYOSAの今日のきまぐれ:So-net blog
いつでも雨が降れば花が咲く(その1)
amuro namieの不可解(その1)シリーズ一挙無料公開

数詞 一」




http://torayosa.blog.so-net.ne.jp/2010-03-18元記事は四年前の3月3日




勝連沖案のとんでもなさ (目取真俊様ブログより)http://blog.goo.ne.jp/awamori777/e/74317ee41418daf8ae8b84d09fca10ef 目取真俊様のこの民意を敵に回す民主党政府は沖縄を何と思っているのか。ANよ!いまこそ立ち上がれ!キミのふるさとに平和を! この愛を受け止めてださい。

いま、イラクで選挙が行われている。しかし、このイラクにブッシュが侵略戦争を仕掛け、日本が名古屋地裁違憲判決で出た自衛隊サマワへ派遣したのが小泉元首相の愚行だった。いったい、その戦闘機や海兵隊はどこから、どこの基地から出たのか。私のような団塊世代ベトナムの南に傀儡政権を作り、べトコン(と差別し)虫けらのようにベトナム兵ばかりではなく、民間人をあらゆる兵器で殺し続けたアメリカの姿を思い出す。しかし、ベトナムの解放戦線は強かった。本物だった。ホーチミン北ベトナムについにアメリカは負けた。

なぜか、社会主義だからとか言う前に、民衆が民意がアメリカの傀儡政権を「ノー」と言い続けたからだった。そして海兵隊空爆機はどこから飛んで行ったのか。日本は大きな役割をになった。空前のベトナム特需で日本の産軍複合企業も潤った。わたしは、72年の沖縄返還前に沖縄旅行を思い立ち、勤めていた会社に長期連休を申請した。しかし零細企業の社長は激怒して却下した。黄金週間を形式的には存在した、就業規則の有給休暇を利用しての9日連休を申請したのだったが、翌年わたしは会社を辞めるきっかけになった。

ベイ平連の(ベトナムに平和を市民連合)のデモなどにひそかに参加するようになっていたので、本土返還前の沖縄を単純に見聞したかったのだ。しかし、叶わなかった。訪れたのは返還後の73年か74年だった。

1ドルハウスが那覇の國際通りの裏道に入ればあり、まだアメリカの余韻は残っていた、何よりも嘉手納基地の広さは現地に来て初めて実感した。ここから、空爆の大きな爆撃機が飛んでいたのか、と改めて思った。

本部方面も行き、海洋博予定地も行ってみた。もちろん南部戦線めぐりなどの観光と鎮魂の地も訪ねた。

最近、『創』1月号の「ぢぢ放談」の永六輔さんの歌や発言(矢崎さんとの対談)を読んでいつも、読み返してる。
今も手元にある。

ここはどこだ
作詞 永六輔 作曲 いずみたく


それを記述しておきたい。


ここはどこだ いまはいつだ なみだは かわいたのか/ ここはどこだ いまはいつだ/ いくさは おわったのか/ ここはどこだ きみはだれだ/ なかまは どこへいった/ ここはどこだ きみはだれだ/ にほんは どこへいった/ 流された血を/ 美しい波が洗っても/ 僕たちの島は/ それを忘れない/ 散ったヒメ百合を忘れはしない/ 君の足元で歌いつづける/ ここはどこだ いまはいつだ/ いくさは おわったか/ ここはどこだ きみはだれだ/ にほんは どこへいった/
引用おわり

1966年沖縄返還の6年前の歌だ。泥沼のベトナム戦争が続いた。 「にほんは どこへいった」

ヤマトンチュ(本土目線)でアメリカのご機嫌取りしていていいのか。下地は沖縄出身だけれども、キャンプシュワブ陸上案など出し、昨年の総選挙の公約などどこ吹く風なのだ。永六輔さんの発言を借りるなら、

民主党も、「生活者主権」を標榜するなら、もっとウチナーチュの生活しらなきゃ

ということになる。なにしろ、嘉手納基地で「浅田飴」の宣伝のために「咳(せき)、声、喉に浅田飴」とCMを飛行機の轟音の前でやった人だ。年季の入り方が違う。

日本の「政権交代」もいまはどこだ ここはどこだ 「にほんは どこへいった」が問われているのだ。

イラクの次はアフガニスタンが待っている。
沖縄返還協定の密約が暴露された。もう一歩前進して今度は、日本の独立を求め、琉球沖縄県自治権をまず、民意を尊重して政策に反映すべき番だ。日米安保50年はその前提がないと、平和はないのではないか。